ガリバー王国探訪記
- Oshimanography No. 13 (2006)「ニュース&レター」より転載 -

 2006年5月、様々な縁と巡り合わせにより、平均身長世界一(190cm近いそうです)、そして外国語 としての英語を最も上手に操る人々の国、オランダを訪れる機会に恵まれました。同行者は私の家内と友人の上野彩子さん。一昨年に私の研究室を訪問しセミ ナーをしてくれたペーター・デ・ヨン博士(ワヘニンヘン大;以下、親愛の情を込めてペーターとよびます)と現地で合流し、4人で旧交を温めてきました。
 オランダ観光といえば首都アムステルダムでゴッホ美術館やアンネ・フランクの隠れ家(そして飾り窓?)を見学するというのが主流なのかもしれませんが、 今回の旅では学問都市ライデンを拠点としながら自然史に関わるいくつかの施設を見学してきましたので、感想を交えつつ紹介したいと思います。


5月3日
ナチュラリス(Naturalis)

 ナチュラリスとは1998年に新装開館したライデン大学自然史博物館の愛称で、自然史に関する教育・文化交流・研究活動を目的とした施設です。4階建ての展 示棟と20階建て(!)の収蔵タワーが併設されており、全体で1,500万点もの資料が収蔵されているそうです。
 展示棟は地球の歴史や生物の進化の道筋を学ぶことができる構成になっており、魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類・昆虫をはじめとする多くの無脊椎動物、植 物、岩石・鉱物などの様々な標本が解説と共に効果的に配置されていました。特に剥製の状態がとても良く、表情が非常に生き生きとしていたのが印象的でした。
 オランダで最も品揃えが充実しているといわれるミュージアムショップの図書コーナーは確かに圧巻でしたが、それよりも、グッズコーナーで見つけた木製の子ど も用押し花キットにカルチャーショックをおぼえました。日本では昆虫採集キットはさほど珍しくありませんが、押し花や押し葉についてはたいてい電話帳や辞書を 使っているのではないでしょうか。少なくとも私に関しては、さく葉標本作成用の道具の存在を知ったのは大学に進んでからでしたので、この発見は自然と親しむこ とに対するヨーロッパ人の懐の深さのようなものを強く感じさせるものでした。
  

ライデン大学植物園
 1587年に大学施設の一部として設置された植物園で、500種ほどの植物が植えられています。ライデン大学はオランダ最古の国立大学で創設が1575 年とのこと。その頃日本は安土・桃山時代であったことを考えると(1575年は「長篠の戦い」)、長い歴史の間に培われた文化的背景を持つヨーロッパの研 究者と張り合おうなどというのは、まさに風車に立ち向かうドンキホーテの如しなのかもしれません。
 温室でハエトリ草をひとしきりからかった後、園内を散策しました。ここはライデン市民の憩いの場になっているそうで、我々の滞在期間はちょうど何十年ぶ りかの好天だったこともあり、多くの人々が日光浴を楽しんでいました。また、かのシーボルトが日本から持ち帰ったイチョウやカエデがまだ健在で、日本風の 東屋の向こうにシーボルトの胸像を配した日本庭園がありました。
 ここで特に感慨深かったのは、二名法(属名と種小名を連記した学名の付け方)の提唱者で現代分類学の基礎を築いたリンネウス(スウェーデンの植物学者、 1878年没)がかつて滞在したという事実でした。私にとってリンネウスの功績は単なる知識の一つでしかありませんでしたが、彼が実際にここで生きて仕事 をしていた事を知り、なんだか嬉しくなると共に不思議な親近感をおぼえました。

 

5月4日
鳥類公園アビファウナ(Vogelpark Avifauna)

 この日はライデン・セントラル駅からユトレヒト方面への電車に20分程乗りアルフェンアーンデンライン駅まで移動、さらにそこからタクシーを使って鳥類 公園アビファウナを訪れました。ややアクセスが難しいせいか外国人観光客の訪問は少ないようで、全ての案内がオランダ語のみで表記されていました。ここは その名が示すとおり鳥類だけを扱った動物園のような施設で、世界中から集められた多くの鳥類が可能な限り自然に近い環境で飼育展示されています。また、公 園全体が鳥類保護区にもなっているようでした。売店で買った餌を与えることができるほか、温室内で放し飼いにされているオウムを手や頭にとまらせたり、係 員による給餌を見学することができます。
 ここで印象に残っているのは、つがいで飼育されていたサイチョウの行動です。好物のぶどうを与えたところ、雌雄が奪い合うようにしてどんどん飲み込んで いきます。しかし、餌を与えるのをやめてしばらく見ていると、雄は喉の奥に貯めていたぶどうを一つずつ吐き戻しては嘴伝いに雌に分け与え始めたのです。な んと麗しき夫婦愛でしょう!自然状態では、サイチョウの雄は巣に閉じこもって子育てに専念する雌に対してこのような給餌行動を示すんだそうです。

 

5月5日
 電車でエデという町へ移動し、貸し自転車に乗ってペーターの自宅にお邪魔しました。ここで私は「ヨーロッパの研究者とは、かくも格調高いものなのか!」 と、再びカルチャーショックを受けました。家の中には俗なものは一切見あたらず、そしてモデルハウスのように整然としていました。さらに、趣味が貴石収集 と水彩画...。私は、家ではゴロゴロしながらヤンキー漫画を読んでいる自分に本当にガッカリしたわけです(笑)。ちなみにペーターは大の日本びいきで最 近は盆栽にチャレンジしています。枯れてしまった鉢を見て「オー、デッド・ボンザイ...。」と実に悲しそうにしていたのには少し笑ってしまいました(失 礼!)。なお、このような素敵な生活ができることには、なかなかの高給取りということが関係しているようです(なんと私の1.5倍以上だそう)。研究者の 社会的地位(あるいは研究者自身のレベル!?)にも日本とは大きな隔たりがあるように感じました。私は、自然史をはじめとする基礎学問分野にどれくらい投 資できるかという度量がその国の文化の成熟度の一つの指標になるのではないかと思っていますが、その点では日本はまだまだ後進国なんだと痛感しました。
 余談ですが、オランダの人たちは自分が生活を楽しんでいるということを他人に見せたがる国民性を持っているんだそうです。なるほど、ペーターの家をはじ め、どこでもカーテンが開けっ放しで中が丸見えでした。ちなみに、お隣のベルギーとドイツではカーテンは常にぴっちりと閉められているんだとか。

5月6日
ワヘニンヘン大学

 この日は、エデ−ワヘニンヘン駅からバスに乗り、ペーターの研究室があるワヘニンヘン大学を訪れました。ここは応用的視点に基づいた生命科学と天然資源 の研究に特殊化した大学で、ペーターの所属する昆虫−植物部門だけでも彼以外に7人もの研究スタッフに加え15人もの技官がいることを知りとても驚きまし た。私が函館で行っているような基礎的なフィールドワークや実験はもちろん、神経生理・化学成分分析・DNA解析などといった特別な設備を必要とするもの まで、様々なレベルでの多彩な研究が進められていました。特に昆虫の行動研究については、数多くの飼育室と恒温器はもちろんのこと、風洞実験やY字管実験 のような特定の手法のそれぞれについて実験室が整備されてることが印象的でした。研究対象とされている昆虫は我々の生活に関連するものが多く、農業害虫と してのワタリバッタ・カメムシ・ガ、益虫としてのテントウムシ、マラリアを媒介するハマダラカなどが飼育されていました。
 また、ホールや廊下には研究業績や新聞報道などが張り出されていたり、昆虫や研究を説明する展示があったりすることから、大学でのアクティビティを訪問 者に積極的にアピールする姿勢を感じました。
 昆虫を研究している大学で、ここまで人員と設備が整った研究部門は世界でも希なのではないでしょうか。恐らくポストを巡る競争も熾烈なのではないかと思 います。ここに職を得たペーターに改めて尊敬の念を感じたと共に、いつの日か、研究者としてゆっくり滞在してみたいものだと思いました。

 オランダでの食事についても少しだけ触れたいと思います。酪農が盛んな国だけあってチーズとハムは本当に 絶品で、朝食と昼食はこれらをパン(これがまた美味しい!)にのせたり挟んだりして食べるのが主流なんだそうです。夕食では、多くの場合、サラダとメイン 料理と主食が1皿に盛りつけられます。主食はジャガイモで、茹でたものよりはフレンチフライがどっさりと盛られてくるのが一般的でした。オランダではこの フレンチフライにマヨネーズをつけて食べます。メイン料理ではシニッツェルという薄いトンカツのようなものが美味しく、何回か楽しんできました。そして、 忘れてはいけないのがビール!好天に恵まれたこともあり、折に触れオランダと近隣諸国の色々なビールを飲みました。味・種類・アルコール度数は様々でした が、どれもそれぞれ美味しくてハズレはありませんでした。ただ、一つだけ残念だったことは...私のお腹がどんどん出っ張ってきたという悲しい現実でした (笑)。

 

 最後に、滞在準備から帰国までのあらゆる点で我々の旅行をサポートしてくれたペーターにこの場を借りて深 く感謝します。いつも「ウ○○ン滞在記」を観て芸能人は何故こんなに涙もろいのだろうと訝しく思っていた私ですが、空港まで送ってくれたペーターとお別れ するのが本当に寂しくて、図らずも誠にドラマチックな涙のハグの後、帰路についたのでした。


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