研究内容
植食性昆虫
  生きた植物を餌とする昆虫を植食性昆虫とよびます。植食性昆虫は種数にして全生物の約1/4を占めるとされ、他の食性を示す昆虫と比較して多様化が著しいグループであることがわかっています。植食性昆虫の多様化を促進してきた要因を解明することは、現在の地球上に見られる生物多様性を創出してきたメカニズムの大部分を理解することに他なりません。
 植食性昆虫の大部分は、特定の科や属といった決まった範囲の植物を利用するという高度な寄主特異性を示します。このことから、植食性昆虫の多様化の過程では寄主植物の変換を伴う昆虫集団の分岐が大きな役割を果たしてきたと考えられています。つまり、植食性昆虫の多様化は、ある時点では特定の寄主植物しか利用しない一方で、進化的な時間スケールの中では寄主の変換が繰り返し生じてきたという、やや矛盾して聞こえるプロセスを通じて促進されてきたと捉えることができます。
 当研究室では「寄主特異性の進化的変化を伴った植食性昆虫の多様化プロセス」の解明を最終的な目標として見据えながら、日本と東南アジア(主にインドネシア)に生息する植食性のテントウムシ(マダラテントウ類)を主な対象として研究を進めています。

マダラテントウ類
 テントウムシ科Coccinellidaeの昆虫は世界から約5,000種が知られています。そのうち80%ほどはアブラムシ類やカイガラムシ類などを餌としていますが、残りは成虫と幼虫の両方が共通の植物の葉を餌とする植食者で、分類学的にはテントムシ亜科Coccinellinaeマダラテントウ族Epilachniniにまとめられています。肉食性テントウムシは農作物につく害虫を食べてくれることから「益虫」として取り扱われていますが、同じテントウムシでも植食性の種はウリ科やナス科植物を寄主植物としているものが多いため、農作物を食い荒らす「害虫」となっていることがあります。 
 日本には約180種のテントウムシが分布していますが、そのうち植食性のものは10種だけです。このうち、オオニジュウヤホシテントウ、ニジュウヤホシテントウ、インゲンテントウは有名な害虫ですが、その他の種はほとんどの場合、山地などでアザミやルイヨウボタン、野生のウリ科植物といった野草を食べながらひっそりと暮らしています。
 植食性のテントウムシは肉食性のグループから二次的に生じたとされており、この点が生粋の植食性グループであるチョウ目(チョウやガ)やコウチュウ目ハムシ科Chrysomelidaeの昆虫とは大きく異なる特徴です。マダラテントウ類と他の植食性昆虫の生態を比較してみると、テントウムシが植食者として振る舞う上では色々な“ずる”をしている可能性が垣間見えてきました。このことから、マダラテントウ類から得られる知見は、植食性昆虫が寄主植物に適応する上で、どのような要素がより重要かを理解するためのヒントになるのではないかと考えています。


視点とアプローチ
 植食性昆虫の寄主特異性がどのような要因によって形作られているのかを理解する上では、以下に述べる基本的な視点が2つあります。それらの視点に基づき、主に、野外での様々な調査と実験、室内飼育実験を通して研究を進めています。調査と実験のデザインは、明らかにしたい内容、対象とする昆虫種や寄主植物の特徴、研究環境の違いなどに応じて様々です。また、山形大学に移動した2014年度以降は、これまで共同研究者に分担してもらっていたDNA分析を自分で実施できるようにトレーニングを進めています(アラフィフの手習い...遅!)。
 1つ目の視点は“成虫の選好性と幼虫の成育との相関(preference-performance linkage)”です。植食性昆虫の若齢幼虫の移動能力は成虫と比較して著しく低く、その傾向は完全変態を遂げるグループでより顕著です。よって、雌成虫の寄主選好性は幼虫が最も良く成育できる植物に産卵するように進化することが予測され、この予測は一般的に支持されています。ある昆虫の寄主としての植物の好適さには、葉の堅さなどの物理的特徴と化学成分の構成がもっとも基本的な要素として関わりますが、自然条件下では、それぞれの生息地での植物の出現頻度や資源量の違い、昆虫と植物の生活史の同調、近縁あるいは遠縁な他の植食者との相互作用、天敵の有無、その植物が出現する環境の生息地全般としての好適さといった、生態学的な側面も大きく影響します。
 成虫の選好性と幼虫の成育との相関に関する研究は、主にチョウ目などの、成虫と幼虫が利用する餌資源が異なる昆虫グループを対象に進められてきました。ある植物に対する成虫の産卵選好性とその植物上での幼虫の成育能力には基本的に異なる遺伝子(群)が関わっていますが、ここでは、幼虫の成育の良し悪しが選択圧となって成虫の選好性が進化することが想定されています。しかし、植食性昆虫の中には、成虫と幼虫が同じ植物を餌としているものも少なくありません。近年のハエ目やハムシ科に属する種を対象とした研究では、成虫の寄主選好性の進化には、幼虫の成育状況よりむしろ成虫自身の産卵数と寿命といった“成虫のパフォーマンス”が強く影響している可能性が指摘されています。マダラテントウ類では、成虫と幼虫の両方が同じ植物の葉を餌としているとともに、基本的に産卵もその植物上に為されます(ハムシ科昆虫の一部も同様の生態を示します)。このような場合、成虫の選好性は産卵と摂食という2つの側面を含んでいると同時に、例えば特定の化学物質を分解する酵素や、ある植物を認識する知覚については、成虫と幼虫で少なくとも部分的に共通の遺伝子(群)が関与している可能性があり、寄主特異性を形作る様々な要素が互いに複雑に関係し合っていることが考えられます。そのような関係を紐解いていくことによって、マダラテントウ類をはじめとする植食性甲虫類の寄主特異性の進化過程をより詳細に理解できるのではないかと考えています。これらの昆虫では、成虫の産卵選好性と幼虫の成育という2つの形質の関係というよりは、より多くの形質が調和を保ちながら、そのうちの複数の形質がセットとして自然選択のターゲットとなって寄主特異性が進化してきたのかもしれません。

  2つめの視点は“多芸は無芸 (Jack of all trades and master of none)”という考え方です。植食性昆虫のそれぞれの種が異なる特定の寄主植物(群)に著しく特殊化していることは、寄主利用において“なんでも屋(generalist)”より“専門家(specialist)”が有利になるような、特殊化を促進する何らかのメカニズムが存在することを示唆しています。このメカニズムの一つとして、ある植物への適応が進むことが同時に他の植物への適応を妨げ低下させるというトレードオフが考えらます。より具体的には、寄主への適応についてそのような拮抗的多面発現効果を持つ遺伝子(群)の存在が想定され、その効果を飼育条件下で遺伝的トレードオフとして検出しようとする多くの実証研究が為されてきました。しかし、そのようなトレードオフはアブラムシ類や(昆虫ではありませんが)ハダニ類の一部で例外的に検出されるに留まっています。多くの研究で遺伝的トレードオフが検出されないことには様々な理由が考えられており、例えば、一般的に行われる飼育実験のデザインでは当該遺伝子の効果が他の遺伝子の効果により覆い隠されてしまう、あるいは、遺伝的トレードオフが存在しない場合にも寄主への特殊化が進行することを示した理論的研究などがあります。近年では、遺伝的な要因ではなく生態学的要因によって生じるトレードオフや、進化的時間の中での生息地における特定の植物の有無が特殊化に重要であるという見解も一般的になってきています。マダラテントウ類においても、
これまで遺伝的トレードオフは検出されていないことから、それぞれの生息地での生態学的な要因が寄主植物への特殊化を促進してきた可能性が示唆されています。

これまでの成果
食性昆虫の地理的分布パターンと寄主特異性との関係
  (作成中)

ジャワ島におけるHenosepilachna diekeiとその食草の分布および成虫の食性
Fujiyama et al., 2013,Ann. Entomol. Soc. Am.より)


これまでの成果
②植物の葉の質に存在する種内変異が寄主利用に及ぼす影響

  (作成中)

これまでの成果
寄主幅の拡大を促す遺伝的・生態的背景
  (作成中)

これまでの成果
植食性甲虫類にみられる産卵場所選択の特徴
 (作成中)

アザミ類を食草とするヤマトアザミテントウによる誤産卵.a) オオハナウド上,b) ミズバショウ上.
Fujiyama et al., 2008, Entomol. Exp. Appl.より)


最近の興味
 ①植食性甲虫類の複数の科や属について、個々の系で詳細な知見をさらに蓄積しながら、系統の分岐パターン、マクロ~ミクロな空間スケールでの同所性、近縁種との競争や繁殖干渉といった種間関係などの要素と、寄主植物の変換の有無がどのように関係しているのかを明らかにし、寄主植物特異性の進化的変化を伴った多様化プロセスをより統合的に理解したいと考えています。
 ②イナゴ類(バッタ目バッタ科 Acrididae)のうち、コバネイナゴという種は交尾において“右利き”らしいことがわかってきました。交尾行動にみられる左右性に何か適応的な意味があるのかどうか、この左右性がイナゴ類の種や集団の分化(=生殖隔離の発達)に関与してきたのか、また、交尾行動の左右性が交尾器の形態の進化を促してきた可能性について明らかにしたいと考えています。
 ③ハムシ類を含む様々な昆虫には、ごく希に数個体だけが採集される種がいますが、実際に野外では低密度で離散的に生息しているように見えます。そのような種がどのように個体群を存続させているのか、また、低密度で生息していることに何か適応的な意義があるのかという点に興味を持っています。しかし、いったいどうやって研究を進めるべきか、良いアイディアがありません。なぜなら、滅多に出会えないのですから...。
 ④例えばどの祖先も利用していなかった全く新しい寄主植物を利用し始めたというような、進化的新奇性が高い新たな系統はその独自性によって速やかに繁栄できる一方で、保守的な系統と比較すると様々な不安定さによって短命なのではないかと考えています。しかし、保守的な系統という認識そのものが、ある形質状態が長く続いている状態と同義ですので、このアイディアは循環論になっていて証明できないのかもしれません。






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